”自立”と”支援”という言葉を調べてみると、自立は「他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること」、支援は「力を貸し助けること」とあります(出典:デジタル大辞泉)。簡単にまとめると自立支援とは「一人で出来るようになるためのお手伝いをすること」だと筆者は考えます。特に介護や医療に携わっている方にとっては、常に念頭に置いておかなければならない使命とも言える言葉かもしれません。そんな「自立支援」を考えていく上で絶対に欠かせない視点があります。どんな視点なのか、一緒に考えてみましょう。
より強まる自立支援の促進
2016年、厚生労働省は「高齢化が進展する中で、高齢者の自立した日常生活の支援、介護予防、要介護状態等の軽減に向けた保険者の取組を一層加速化することが必要」であると掲げ、介護予防活動普及展開事業の取り組みを開始しました(厚生労働省:介護予防と自立支援の取組強化について)。さらに2019年には社会保障の在り方を変えていく目的で健康寿命延伸プランという3本柱の政策を打ち出しました。その柱の一つに「介護予防」が含まれ、自立支援・重度化防止の観点がとても重要視されています(厚生労働省:健康寿命延伸プラン)。これらの政策の背景には、ずばり2040年頃にピークを迎えると言われている超高齢化社会が関係しています。現役世代が最も少なくなり、高齢者が最も多くなる近い将来に備えて、一人でも多くの高齢者に自立してもらいたいと国は望んでいるのです。
ICFという前向きな概念の誕生
いきなりですが下の画像をご覧ください。
このコップの水の量を見てどう感じますか?
「これだけしか」とネガティブに感じる人もいれば
「こんなにも」とポジティブに感じる人もいると思います。
どちらが良い、悪いということではありません。ここで一番お伝えしたいことは、同じ事実であっても人によって捉え方が変わるということです。その人の価値観や考え方によって、物の見方は変わります。
2001年5月にWHO(世界保健機関)が新しく“ICF”(International Classification of Functioning, Disability and Health)という人の分類法を提唱しました。日本語では国際生活機能分類と訳されます。それまでは、ICFの前身にあたるICIDH(国際障害分類)という「これだけしか」というネガティブな捉え方をする分類法が主流でした。しかしICFには「こんなにも」というポジティブな捉え方をしようという概念が込められています。例えば【麻痺になり足が動かない→歩行困難】という風には捉えず【麻痺になり足が動かない→手が動くから車椅子が使える】のようにポジティブに捉えます。
「できる」をみるバーセルインデックス
バーセルインデックス(Barthel Index)という言葉を聞いたことがありますか?介護や医療に携わる方は、一度は耳にされたことがあるかもしれません。簡単に言うと、ADLという日常生活動作がどれぐらい“できる”のか把握するための指標の一つになります。10項目(食事、移乗、整容、トイレ動作、入浴、歩行、階段昇降、着替え、排便、排尿)を2~4段階の区分に当てはめ100点満点で評価します。日本の介護や医療の現場をはじめ、世界中で使用されているADL評価です。バーセルインデックスの大きな特徴は、その人の「しているではなく、できる」を評価することです。つまり普段のしている日常生活の様子ではなく、その人が持つ能力やできる動作を評価します。先程のコップの例にあてはめると、ネガティブではなくポジティブな捉え方をする評価法になります。
筆者が勤務しているデイサービスでは、厚生労働省が提供・推奨しているLIFEと呼ばれる科学的介護情報システム(厚生労働省:科学的介護情報システムについて)を活用していますが、このLIFE上でもバーセルインデックスが用いられています。個別機能訓練加算や科学的介護推進体制加算・ADL維持等加算といわれる、いわゆる事業所の収入源にあたる主な加算の中に、バーセルインデックスが要件として盛り込まれているのです。このポジティブな評価法であるバーセルインデックスが介護事業において、いかに重要な要素になっているかが推測できますね。
欠かせない視点とは?
自立支援に欠かせない視点。結論はずばり、『well-being(ウェルビーイング)な視点』 です。
well-beingは日本語に訳すとより良い状態になります。相手のマイナスな面ばかりに着目すると、その人の可能性や潜在性を最大限に活かすことが難しくなってしまいます。
例えば、ある買い物が大好きな女性が認知症を発症したことで、お金の計算が困難になったとしましょう。二人暮らし中の夫が、いわゆるネガティブな捉え方をしてしまい、「もう妻は買い物に行けない」と判断します。もし代わりに買い物をするようになってしまえば、この女性の“買い物”という一つの自立した活動が奪われることになります。しかし、ポジティブに「計算はできないかもしれないが、メモを見て商品を選択することはできる」と捉えたとしましょう。あらかじめ買う物リストを作成し、支払い代金より多めのお金を渡しておけば計算をしなくて済むようになります。結果、“買い物”という活動を続けることができますよね。これは立派な自立支援のひとつの形と言えます。この夫は、「計算は困難かもしれないが出来ることがあるはずだ」という視点を持ちました。つまり妻のwell-being(ウェルビーイング)=より良い状態を評価したことになります。
他に例えると、少し話は逸れますが、有名な戦国武将“武田信玄”をご存じでしょうか?病で倒れなければ、日本を統一し歴史を変えていたと言われるほど、非常に強くて優れていた戦国時代の武将です。そんな武田信玄に、とても臆病者で戦(いくさ)に行きたくないと言い張る家来がいたそうです。家臣たちは皆「そんなやつは殺してしまえ」と憤慨しますが、信玄は違いました。「臆病者には臆病者なりに強みがある」と考え、その家来を館の管理や使用人の見張り役として扱ったのです。臆病だから使えないとは捉えず、その人間の得意な面を見出して采配していたそうです。介護の自立支援とは少しニュアンスは違うかもしれませんが、武田信玄のwell-being(ウェルビーイング)な視点によって、家来の可能性が広がった点においては共通する部分がありそうですよね。
自立支援を促すためには、WHOが提唱したICF、国が介護予防を進めていく上で重要な位置付けとなっているバーセルインデックスからも読み解けるように、”ポジティブに評価する”という考え方が非常に重要になってきます。そのポジティブな評価が、その人の能力を最大限に引き出し、自立に繋がる可能性を少しでも高めてくれるはずです。
まとめ
いかがだったでしょう。ネガティブに捉えるよりもポジティブに捉えたほうが、可能性が広がり、自立に繋がりやすくなるイメージが湧いたでしょうか?介護や医療の分野のみならず、普段の対人関係や子育て、個人の様々な悩みに対しても、何だか生かせそうな考え方ですよね。もちろん、全てのことをポジティブに捉えることは難しく、ネガティブに捉えるべき場面もあると思います。例えば、認知機能の低下による車両免許の返納問題など、命や安全に大きく関わる場面では慎重さが必要でしょう。ただ、この自立支援を進めていく流れは、今後さらに加速していくことが予想されます。技術的なアプローチや、専門性の高い指導など、自立支援に欠かせない大切な要素はたくさんあると思います。しかし、それらの要素を最大限に生かすためにも、根本にwell-being(ウェルビーイング)な視点が持てると尚良いですよね。
ぜひ皆さんも「こんなにも」というプラス的な思考で、ポジティブな捉え方で、大切な方の『より良い状態』と向き合ってみてください。