
温厚と呼ばれる人は、怒りっぽくなく他人を赦す傾向のある人です。怒りが不足しているような人のことを穏やかな人だと称賛する場合もあります。ただ、しかるべき時に怒りを覚えないような人は温厚とは言い難いようです。自分が侮辱されても我慢し、親しい人が辱められても見逃すという態度は褒められたものではないからです。
一方、腹を立てる人たちのことを頼りがいのある人だと見做される場合もありますが、短気で怒りっぽい人には困ります。さらに、恨みを抱き続けるような人もいるので要注意です。
怒りっぽい人は、怒るべきでない人々に対し、怒るべきでない事柄について、必要以上に怒りがちですが、一般的にその怒りはすぐに収まる傾向にあります。
ところが、恨みを抱く人は、激情を抑えているため、長い間怒りを残しているようなのです。つまり、復讐する機会が起こらなければ、鬱屈した気持ちをずっと抱いたままなのです。恨みの気持ちが顔に現れないので誰も宥めるきっかけがありません。本人が自分で怒りを消化させていかなければならないわけです。恨みを抱く人は、早々に怒りを自分で消化させることができないでしょうから、周りの人だけでなく、本人にとっても厄介なはずです。
「愛想のいい人」とは

また、温厚な人は愛想のいい人とも違うようです。愛想のいい人は、他人の快楽に貢献する人とも言えますが、何らかの利益を目的にする場合、おべっか使いになってしまいます。しかるべき仕方で人とつきあっているとは言い難いでしょう。何にでも反対する意地の悪い人よりはいいかもしれませんが、目指すべき処ではないでしょう。
まとめ
結局、温厚な人は、情念に引きずられることなく、心がかき乱されず、理性の命ずるところに従い、憤るべき事柄に対して、しかるべき仕方で、憤るような人のことを言うのでしょうか。
中庸とも呼ぶべき人柄であり、私達が年齢とともに目指すべき境地と言えるのではないでしょうか。
(初出:ぎょうせい「税」2月号、2026年2月号)






