HOLISTIC HEALTH JOURNAL

ホリスティックヘルス ジャーナル

超高齢時代をどう生きるか~あなたに届けるキーワード~

第35回 最後の道楽としての学問

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 

私達は、勉強(学問)を手段して見做す傾向があります。学校での勉強も、迫る入学試験のための手段であり、かつ就職のための手段でもあります。さらに、資格試験のための勉強や昇進のための勉強にも追われることになります。

この世で生きていくための手段としての勉強ですが、忘れてはならないことがあります。勉強の結果、手にした地位や財産、名誉であろうとも、やがて時間とともに失われ、あの世に持っていくことはできないのです。

私達は、人生を生きた後に死があると思っていますが、実は、死は私達が生まれた瞬間からひたひたと迫ってきているのです。年齢を重ねるとさすがに気付く時があります。疲れが取れにくくなったなあ、とか、耳が聞こえにくくなったなあ、とか。病気の場合もあるでしょうが、多くは加齢に伴うものなのです。死は私達の内部で確実に迫ってきていたのです。眼や耳で観察できるものではないので、感じ取るしかありません。

死に向かってよく生きるためには、私達は心の在り方に着目する必要がありそうです。水の分子記号がH2Oだという知識を覚えることより、運動の後に飲んだ一杯の水がいかに美味しいか、という体験の方が、よく生きるということに繋がるでしょう。

 

 

「人が生きる」とは

 

 

現生人類は、言葉を得たことにより、目に映る世界を細かく区分していき、それぞれの部分に定義と名前を付けていくことで、体系的に世界を構築してきました。この人為的に構築された世界(=俗世)に生まれた私達は、この世でうまく生きていくために、作られた定義を学び、それが世界だと解釈するように社会化されてきたわけです。しかし、そのような勉強だけでは、死という俗世の終末が見えてきた年齢に達すると、湧き上がる虚しさを解決することは難しくなります。

人が生きるとは何か、心とは何か、といったような人生がわかること、暮らしていく意味がわかること、このようなことが死に向かって私達が取り組むべき勉強(学問)なのではないでしょうか。

孔子は、「之を知る者は之を好む者に如かず、之を好む者は之を楽しむ者に如かず」と言いました。私が今感謝するのは、中学一年生の時の音楽の先生です。音楽の授業は只管クラシックの名曲を聴く時間でした。言葉による解説よりも、名曲を味わうことを大切にされました。そのうち、私にも好きな曲が生まれ、音楽を楽しむことを覚えました。音楽が生活習慣の一部となり、生活の喜びとなっていきました。苦しい時、悲しい時、この曲を聴けば勇気が湧いてくるという出会いもありました。

 

 

先日、あるお茶の初釜にお邪魔しました。様々な茶器や掛け軸などが披露され、その由来などの説明は興味深いものでした。ただ、心に残ったのは、好きな器をただ眺める、好きな書をただ眺める、という体験でした。茶器の作者も、掛け軸の書の作者も、その心の状態を器や書によって表現したものでしょう。私がその器や書を好きになり、ただ眺めていても厭きることがないというのは、ひょっとしたら作者の心と同じ心の状態になれたのかもしれません。

すると時間が消えるのです。私達の身体は一瞬一瞬変化し老化していきます。この変化の流れを時間の経過だと私達は感じているのです。けれども曲に表現されたモーツァルトの気持ち、書に託された沢庵和尚の気持ちを直観することで、私達は身体的時間の移り変わりとは次元の異なる体験ができるのではないでしょうか。

 

 

まとめ

 

考えてみれば、生きているということは死につつあるということですね。私達は死によって身体的時間の世界を去るわけですが、肉体が消滅するという現象とともに心の状態も消えてしまうのかについての確証はないのです。

モーツァルトや沢庵和尚の気持ちを直観することで、私達は生きているうちに身体的時間の世界とは次元の異なる精神世界に達しているのかもしれません。その経験の積み重ねこそが、人生最後の道楽としての学問(勉強)なのかもしれません。

そこにあるのは、楽しい体験であるはずです。手段としての勉強ではなく、楽しい体験としての学問。そうであれば、私達が最後にたどり着く道楽こそが学問なのではないでしょうか。古来、道楽という道楽をし尽くしたと思われる多くの先人が辿ったプロセスからも明らかなことのように思えます。

 

(初出:ぎょうせい月刊「税」2026年3月号)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
猿渡 知之

猿渡 知之(さるわたり ともゆき)

大正大学地域構想研究所 客員教授

経歴

1961年 熊本県出身
1985年 東京大学法学部卒業後、旧自治省(現総務省)入省
2020年 総務省退職後、株式会社日本経済研究所理事を経て、東日本電信電話株式会社特別参与(現在)

総務省での主な地域政策業務歴

自治政策課理事官・企画官(2001年4月~2003年8月)
高度通信網振興課長(2009年4月~2011年3月)
地域政策課長(2012年4月~2015年7月)
地方創生・地域情報化等の担当審議官(2015年7月~2018年7月)

自治体での勤務歴

京都府総務部長・副知事(2003年8月~2009年3月)をはじめ、青森県庁、栃木県庁、千葉県庁、大阪府庁において勤務

主な著書

「超高齢時代を乗り切る地域政策~地域政策構想技術リスキリングノート~」(大正大学出版会2023年)
「超高齢時代を乗り切る地域再生の処方箋」(ぎょうせい2022年)
「自治体の情報システムとセキュリティ」(学陽書房2019年)
「公的個人認証のすべて(共著)」(ぎょうせい2003年)