HOLISTIC HEALTH JOURNAL

ホリスティックヘルス ジャーナル

医療

ケアを知って仕事の価値を振り返る その1

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ケアを知って仕事の価値を振り返る その1

<看護の仕事は、なぜ賎業といわれるのか?>

 令和8年3月30日から、NHK朝ドラ「風、薫る」が始まりました。明治時代の日本で、看護婦という職業の礎を築いた二人のシングルマザーの物語です。本屋で原作本の帯に目が留まりました。

<カネのために汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業、

家老の娘に生まれながら、この「賤業」に就き、生涯をかけて「看護婦」の制度化と技能の向上に努めた>

「賤業」とは、人が嫌がるような卑しい職業です。いまでこそ看護師は専門職となり、コロナ禍以降、エッセンシャルワーカー(社会の安全や日常生活の維持に不可欠な役割を担う職種)とよばれていますが、なんとなくモヤモヤっとしませんか。

 

 

<看護の仕事は、ケアによる女性の社会化>

最近でも大学受験時に「資格がとれて生涯安心」と勧める親もいれば、「大学までいかせるのに、なんで看護師なんかに…」という親もいるのですから、世間の認識が変わったとはいえないようです。
19世紀、F.ナイチンゲールが、当時イギリスで賤業であった付添婦を、教育と訓練を受けた女性の職業として確立、『看護覚え書』(1858年)において「看護であるものと、看護でないもの」を簡潔に説明しました。近代看護の母といわれるゆえんです。ナイチンゲールもまた19世紀イギリスの「裕福な地主階級(gentry)」に属する上流社会の家柄で、看護婦になることを家族から大反対をされたのでした。朝ドラのヒロイン達は、その約30年後の日本でやはり看護婦をめざしたわけです。

 

<看護のコアには、生活の世話にある>

F.ナイチンゲールの思想の神髄は、今流でいえば“自己調整能力を育む”ケアといえるでしょう。対象の自己調整力の不足(生活する力・知識・意思)を見極めて、必要な支援を必要なだけ行い、本人の自然治癒力を引き出し、残された力を活かして自立を促す、つまり、ただ優しく世話をするだけでは真の看護とは言えないわけです。  
 
 F.ナイチンゲールの没後(1910年)2回の大戦を経た1950年代のアメリカでは、看護師不足解消の一つの解決策である高学歴化が看護理論家達を生み、彼女らの「看護とは何か」の説明(理論)の根幹に、その神髄は息づいてきました。

 
 ナイチンゲールの時代の望ましい看護師は、患者に優しく医師に従順であることだった一方で、責任は求められず、専門職とはいえなかったわけです。抗生剤を用いた医学のめざましい発展のなかで、医師の補助的役割が仕事の多くを占めるようになった20世紀後半の看護職は、賤業ではない自らの職業のアイデンティティを問い、その専門性を追求するなかで、看護の本質はケアである、看護はケアの専門職であると考え始めたのです。

 

<看護職が行う望ましいケアとはどのようなものか>

 医師や弁護士は、その専門性を自ら声高に問うことはなく、社会もそれを認めているといってよいでしょう。ある倫理学者は、看護職ほど専門性を追求する職業はなく、それは専門性に揺らぎがあるからではと、指摘しています。日本で1987年に介護福祉士という新たなケアの専門職が生まれたことを契機として、看護職が身体を診ること(フィジカルアセスメント)、高度な知識・技術の提供に自らの専門性の重心を移し、新たな望ましい姿を形成した感もあります。クラーク、看護補助者など多様な職種と協働する中で、何でも屋だった看護職は、玉ねぎの皮をむくように自らの仕事の肩の荷をおろしてきましたが、最後に何が残るのでしょう。看護職の専門性は広がり、城の塀は拡大したが、その本丸は何かがみえにくくなっているという指摘もあります。

 

<人を世話する仕事はなにが卑しいのか>

 最後に、なぜ看護の仕事は賎業とよばれてきたのでしょう。それは、他人の生活の世話(care)の社会化が起点になっているようです。生活の世話は卑しいのでしょうか。フェミニズム流にいえば、生活の世話は概ね女性たちが家庭という私的な領域で、無償で行ってきたものだから社会で価値を低く見積もられたという見解になります。互いの関係性を重視し、個別性に着目し、他者の声に耳を傾け、相手を気遣い、そのニーズに応答する責任を担うというケアの観点は、人を世話する際には、欠かせない倫理的な視点です。次回は、このケアという言葉について、改めて考えてみたいと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
永田 まなみ

永田 まなみ(ながた まなみ)

現職:みゆきの里の健康経営推進事務局

熊本大学病院に17年(小児科、手術室、皮膚科、内科外来)勤務、大学院がリスキリング?となり在学中に熊本大学医学部保健学科(基礎看護学科)へ移動、通算44年のマンキンタンで定年を迎えました。所属した日本看護倫理学会と日本医学哲学・倫理学会では評議員を務めておりました。専門は看護倫理(ケア論)です。
2024年の秋からみゆきの里の健康経営推進事務局に所属、「健康経営推進パートナーの会」会員様の会社訪問記事などの執筆のほか、里内の研修に参画しております。

資格

看護(学士)、博士(学術)