はじめに
加齢に伴い脳梗塞や認知機能障害などにより食事や水をうまく呑み込めなくなったなど、摂食・嚥下障害患者さんへ寄り添う機会が増えていると思います。病院ではそのような患者さんに対して、食事を食べることができるように多職種で検討します。例えば、食事に対し食べやすいように一口くらいの大きさにカットしたり、ミキサーにかけたりなどされたり、水分に関してもトロミをつけたりします。
では、錠剤やカプセルが、大きくて飲みにくい・飲み込むのが苦手という人、飲み込む機能が低下してうまく飲めない高齢者などにはどのような対策を立てるでしょうか?
対策の一つとして、薬を細かく砕いたり、カプセルを外したり(脱カプセル)しているのを見聞きします。中には自分でかみ砕いたりして飲んでいる人もいらっしゃるかもしれません。
では、薬を粉砕したりカプセルから外したりしてもよいのでしょうか?
結論から言いますと、「問題ない薬」と「やってはいけない薬」があります。
やってはいけない薬の場合、何も考えずに粉砕することで、患者さんに不利益が生じたり、粉砕した介護者側にも不利益が生じることもあるんです。私が過去に経験した例でも、内服薬を飲みやすくするために施設スタッフが自己判断で薬を粉砕していましたが、その中には粉砕が不適な薬がありました。もちろん施設スタッフは薬を勝手に粉砕することで不利益を生じたり危険だという認識はなく、調剤された保険薬局の薬剤師へ尋ねたりなどもなかったそうです。ということで、今回は薬を粉砕したらどのような問題があるのかを知っていただければと思います。
薬を粉砕することの問題
そもそも飲み薬の多くは「毎食後」のように食事に絡めて飲むような指示が出ています。食事の準備や介助をするスタッフが食事と薬を同じように扱ってしまうのはわからなくもありません。でも薬と食事は扱い方が異なります。一見すると、どれも同じ錠剤やカプセルに見えますが、薬剤によっては細工が施されていて、錠剤やカプセルでなければいけない理由があるんです。そのような錠剤等を粉砕することで薬本来の特性が失われ、効果の減弱や副作用の発現・増強など患者さんへの悪影響を及ぼす事があり、一方で粉砕したスタッフ側にも悪影響を及ぼす薬も存在します。
ではどんな影響が考えられるのかを記載していきます。
粉砕や、カプセル剤の開封(脱カプセル)による問題点を以下のようにわけてみます。
①粉砕により薬の分解や安定性(製剤の物理化学的性質)に影響が生じる
②粉砕により薬の効果と副作用(薬理作用・薬物動態)に影響が生じる
③粉砕により薬の匂い・味など患者さんの感覚器に影響が生じる
④粉砕により調剤した機械や量や人に影響が生じる
それぞれ説明しましょう。
①粉砕により薬の分解や安定性(製剤の物理化学的性質)に影響が生じます!
一般的に薬によっては、温度・湿度・光・酸素などの影響で薬の成分が分解するなどの物理化学的変化を受けることがあります。例えると、ある食材の封を開けたまま冷蔵庫などにも入れ忘れて「腐る」といったような考え方と少し似ていますかね。このような変化を防ぐために錠剤にコーティングを施したり、カプセルを使って安定性を確保している薬が存在しています。これを粉砕・脱カプセルすることで安定性が確保されず、成分が分解して効果が減弱するなどが起こります。しかし、食材とは異なり、薬に物理化学的変化が起きていても、見た目・臭い・味の変化などが起こるとは限りません。加えて、粉砕・脱カプセルした薬剤同士や他の薬剤と混ざることで何らかの変化が起き、期待された効果が得られないこともあります(配合変化)。温度や湿度という点から考えると、梅雨時期や夏のじめじめした気候ではさらに影響を受けやすくなるため注意・対策が必要になります。その他に粉砕・脱カプセル時からの経過時間などでも物理化学的変化に影響を及ぼす可能性がありますので、いつ粉砕したのか、いつ一包化されたのか、いつパッケージからとりだしたのかなど、「いつからその状態なのか」を情報共有しておくことも大事になります。
②粉砕により薬の効果と副作用(薬理作用・薬物動態)に影響が生じます!
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薬を使った治療では体の中の特定の部分に効率的で安全に効果を示すことが大事になります。では薬がどのように体の中へ入り効果を示して体から出ていくかを考えてみます。飲み薬であると、口から入り胃や腸で吸収され(吸収)、血液によって目的の臓器や部位に運ばれて効果を示し(分布)、肝臓で排泄されやすい形に分解されたり(代謝)、腎臓から排出(排泄)されていきます。この吸収・分布・代謝・排泄の過程を体内動態といいます。それぞれ薬の特性によって各過程においてどのような挙動を示すかを知ることが重要になりますが、すごく難しい話になるので、詳しく知りたい人は薬剤師に尋ねていただければと思います。では薬を粉砕することで体内動態への影響として具体的にどういったことが起きるのか?ですが、例えば胃酸に不安定な成分を含む薬は、胃では溶けない様にコーティングを錠剤に施し、腸で溶けて吸収されるような工夫が施されています。このような薬を粉砕・脱カプセルすると、胃酸によって効果がなくなったり、それとは逆に吸収を促進して効きすぎたりする薬もあります。
一方で徐放性製剤(徐々に放出するような性質にした薬)と言われる錠剤やカプセル剤や顆粒剤は、体の中でゆっくりと効果を示すような工夫がされていて、薬を飲む回数を減らすことを可能にしているんです。例えば1日1回で24時間作用するような徐放性製剤を粉砕・脱カプセルをすると1日分の成分が一気に作用して、薬の効果が過度に出現するだけでなく、副作用等の可能性も出てきます。その結果、粉砕・脱カプセルによって治療への悪影響を招いてしまうのです。
では、気づける方法があるか?に関してですが、実際には難しいので薬剤師に確認していただくことが一番良い方法だと思います。しかし一方で、全てではありませんが、徐放性製剤に関しては商品名に徐放錠と記載されていたり、RやLやCRなどの略語が薬品名の最後にくっついている場合は徐放錠の可能性がありますね。表に示します。ただし略語が何もついていなくても徐放性製剤である場合も存在しますので注意は必要です。例外も多く存在しますが、知っておくことで少しでも気づくきっかけになればと思います。
③粉砕により薬の匂い・味など患者さんの感覚器に影響が生じます!
色々な薬のカタチがありますが、特に飲み薬では、味や臭いなどへの対応も大事になります。薬の成分には苦み、痺れ感、刺激感、不快臭などで飲みづらいものもあり、高齢者の服薬拒否へ繋がることがあります。このような影響を防ぐために錠剤がコーティングされたりカプセルで包まれることで味や臭いが気にならない様な工夫がなされています。そういった薬を粉砕・脱カプセルするとどうなるでしょう?当然ですが苦みや臭い、刺激などで感覚器への悪影響を及ぼす(飲みにくくなる)可能性があります。加えて、粉砕した薬を、食事のおかずや御飯に混ぜて飲ませるケースも病院や施設でも散見されます。混ぜることで食事に苦味や臭いが加わったり口の中にしびれや刺激が加わったりして食事を台無しにしてしまいます。例えば入院中の生活の中で、食事は患者さんの楽しみの一つですので、食事を不快なものにしないように注意したいですね。
薬品名 | 理由 |
ソリフェナシン錠 | 刺激性 |
フルボキサミンマレイン酸塩錠 |
刺激性 |
プレドニゾロン錠 | 苦味 |
レバミピド錠 | 苦味 |
エスゾピクロン錠 | 苦味 |
ブシラミン錠 | 特異臭 |
④粉砕により調剤した機械や量や人に影響が生じます!
私は薬剤師ですが、日頃の業務として薬局内で調剤する(薬を作る)際に薬を粉砕・脱カプセルすると鉢・乳棒・粉砕機・分包機などへ薬が付着してしまい、正確な成分量を回収することが難しくなることを経験します。特に少量で効果を示すような薬剤はその影響が大きくなってしまいますので調剤の際には注意を払います。しかしこれは調剤時に限ったことではなく、病室や家で介助して飲ませる場合にも粉砕された薬がスプーンやコップなどに付着することで正確な成分量を飲ませることが出来なくなる恐れがあります。
その他にも、粉砕された薬を飲ませる時に飛散した薬剤を「吸い込む・皮膚に付着する」ことで、粉砕した人に健康被害を起こしてしまう薬剤も存在します。これは調剤時だけではなく、飲ませる前にスタッフが粉砕・脱カプセルする場合にも起こる可能性があります。特に妊婦さんに飲ませてはいけない薬の理由の一つに催奇形性(胎児に形態的異常を生じるリスク)があります。粉砕や脱カプセルされた薬を吸い込むのも飲むのと同じですから注意しましょう。このように粉砕・脱カプセルを勝手な判断で行うことで、患者さんはもちろんのこと、飲ませるスタッフ側にも様々な悪影響を起こす可能性があります。
まとめ
色々と粉砕・脱カプセルすることでの影響を記載させていただきました。結局のところ、全ての薬を把握することは難しく、私自身も調べないとわからないことの方が多いですが調べて対策を考えることはできます。
処方された薬剤が粉砕・脱カプセル可能かどうかは調剤した薬剤師へぜひ確認していただくことをお願いします。(薬剤師はお薬手帳などで知ることができます)
また、介助するスタッフの勝手な判断で粉砕・脱カプセルする事も問題ですが、一方で認知機能の低下した患者さん等では、食事と薬の認識が出来ずに薬を噛み砕く場合もあります。噛み砕いて飲むことも粉砕する事と結果的には同じになります。実際に薬を飲む場面をきちんと確認し、噛み砕いていないか等も多職種と日々の業務の中で評価しましょう。
ということで何度も言いますが薬剤師は飲み方の工夫を提案できますし、飲みやすい形の薬や別の薬への変更を医師へ提案したりすることも可能です。
何か困ったことがあったら気軽に薬剤師に相談してください。今回の内容が皆様のお役にたてれば幸いです。
※こちらでは「簡単に分かりやすく」を目的に作っています。ここに記載した以外の影響もあり、今回の内容がすべてではありませんのでご了承ください。