HOLISTIC HEALTH JOURNAL

ホリスティックヘルス ジャーナル

セルフケア

Fさんとの出会いとトラベルビーの“人間対人間の看護”

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私は看護学生時代、トラベルビーの「人間対人間の看護」理論に強く共感しました。この理論は、看護を単なる技術や処置の集まりではなく、看護師と患者が心を通わせ、信頼関係(ラポール)を築いていくプロセスとして捉えています。私にとって、この考え方は看護を学ぶうえでの原点となりました。

 

高校卒業後、私は給排水衛生設備工事の仕事に従事していましたが、体調を崩したことをきっかけに転職を考えるようになりました。

 

幼いころから祖母に可愛がられて育った「ばあちゃん子」であったことや、母が看護師として働いていた影響もあり、介護の仕事に興味を持つようになり、介護士として勤務を始めました。

実際に働いてみると、介護の世界は非常に奥深く、「もっと質の高いケアを提供したい」という思いが強くなり、看護学校への進学を決意しました。

 

 

臨床実習での戸惑いとFさんとの出会い

臨床実習が始まった当初の私は、患者さんとの関わり方がわからず戸惑い、また「自分に何ができるのか」という不安に押しつぶされそうになっていました。清拭や洗髪などのケアにおいても、手順ばかりに気を取られ、目の前の患者さんとしっかり向き合えていないことに気づいては落ち込む日々でした。

そんな中で出会ったのが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていたFさんです。Fさんは、病の進行によって身体の自由を徐々に失っていたにもかかわらず、学生の私たちに常に温かな笑顔と励ましの言葉をかけてくれる方でした。

身体が思うように動かない中でも、Fさんが人に対して変わらぬ優しさを向ける姿に触れるたびに、私は「私にできる看護とは何か」を問い続け、強く心を動かされました。

 

 

Fさんの言葉と看護への気づき

 

 

自信なさげな私の様子を感じ取ったのか、ある日、Fさんがこんな言葉をかけくれました。

「俺はお前を応援する。だから頑張れ。看護師になったら俺が飲みに連れて行ってやる」

その頃、Fさんはすでに座位を保つことすら難しくなっていました。それでもこの一言は、私の不安や迷いをすべて包み込んでくれるような力を持っており、前へ進む勇気をくれました。

この言葉をきっかけに、私は「技術が未熟でも、心を通わせる看護はできる」と思えるようになりました。実習中、洗髪や手浴などの清潔援助を通じて、単なる身体的ケアにとどまらず、日常の何気ない会話の中にこそ、お互いの存在を尊重し合う「心のケア」があることを実感しました。

この時点では、まだトラベルビーの看護理論を理解し実践していたわけではありませんでしたが、Fさんとの関わりの中で、自然と「人と人との関係性」の中に看護が存在していたことを体感したのです。

 

 

トラベルビーの「人間対人間の看護」理論とは

 

 

理論の基本的な考え方

 

  • 病気や苦難を体験する個人や家族を支援し、その体験に立ち向かえるようにサポートすること

 

  • 患者の健康を回復し、生活の質を高めること

 

  • 看護師自身も人間として成長し、自己実現を達成すること

 

 

 

Fさんとの関わりを「5段階の過程」で振り返る

 

 

 

 

第1段階:出会い

Fさんとの出会いは、臨床実習の病棟でした。不安と戸惑いの中にいた私にとって、Fさんの穏やかな笑顔と優しいまなざしはとても印象的でした。それは単なる「患者」と「学生」の関係ではなく、人と人との本当の出会いだったと感じています。

 

第2段階:アイデンティティの明確化

関わりが深まる中で、私はFさんを「重い病気の患者さん」ではなく、一人の尊厳ある“人”として見るようになりました。Fさんもまた、私を単なる実習生としてではなく、“人間”として受け入れ、温かく接してくださいました。

 

第3段階:共感的理解

Fさんが私にかけてくれた言葉―「俺はお前を応援する」―その言葉は、Fさんの深い思いやりと人間性を感じさせるものでした。私はこの言葉に強く心を動かされ、Fさんの気持ちに心から寄り添いたいと思うようになりました。

 

 

第4段階:同感を経て援助の提供

Fさんへの思いは、私の看護のあり方にも変化をもたらしました。清潔援助などのケアの中で、私は“技術”に加え、“対話やまなざし、ふれあい”を大切にし、Fさんの心にも寄り添えるよう努力しました。

 

第5段階:ラポール

私は、Fさんにとっての「看護とは何か」を真摯に考え、実習中に自分にできることを模索し、実践してきました。そしてFさんもまた、身体的にも精神的にも困難な状況の中で、自らの人生に意味を見出し、その姿勢で私の問いかけに応えてくれていたのだと思います。

約束していた「一緒に飲みに行く」という夢は叶いませんでしたが、後に看護学校の後輩から「Fさんと奥さんがあなたのことを話していた」と聞き、私の存在もFさんにとって意味のあるものだったことを知りました。

この経験は、これから出会うすべての患者さんやご家族、利用者の方々に対しても、技術に誠実さと心を込めて向き合うことの大切さを教えてくれました。

 

 

 

 

 

おわりに

 

 

 

現在、私は「みゆきの里」で保健師として活動しています。立場は変わっても、私はこれからもトラベルビーの「人間対人間の看護」理論を実践し続けたいと強く思っています。

それこそが、Fさんと交わした「心と心の約束」であり、今も私の看護の礎となっています。

保健指導においても、常に相手に寄り添い、その人らしさを大切にした支援を心がけていきたいと考えています。

また、「人間対人間の看護」の理論は、看護や保健指導にとどまらず、すべての人との関わり、つまり日々の生活の中でも実践していける、普遍的な考え方だと思います。

 

参考文献

トラベルビー(著),長谷川浩(訳)『人間対人間の看護』医学書院,2005年

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宮崎 幸太郎

宮崎 幸太郎(みやざき こうたろう)

現職:みゆきの里 産業保健師

15年の臨床保健師・看護師経験あり、2022年よりみゆきの里の産業保健に携わる。産業医と連携し、職場巡視や健康診断の計画・実施。健診実施後のフォロー面談、ストレスチェックなどのメンタルヘルス支援を行っている。産業保健師として、働く人がやりがいを持って働くことができ、働くことで健康になる職場づくりを心がけています。
健康診断や人間ドック、職場環境の改善や生活習慣病等についてのご相談はお任せください。

資格

保健師、健康運動指導士、人間ドックアドバイザー、健康経営エキスパートアドバイザー