夫婦で新たに見つけたウォーキングによる自然とのふれあい
春の朝の空気は、まだ少し冷たい。
それでも、夫婦ふたりで歩き出すにはちょうどいい温度だった。
昨年、たった一人の娘が茨城へ嫁いでいった。
幸せそうな笑顔を見送ったはずなのに、家に戻った瞬間、胸の奥に沈んだ静かな穴は、いまだ埋まらないままだ。
「今日も歩こうか」
私の声は、以前より少しだけ柔らかくなった気がする。
ふたりは並んで家を出る。
娘がいた頃は、休日の朝は慌ただしかった。
洗濯機の音、朝食の匂い、娘の笑い声。
それらがすべて遠い季節の記憶になってしまった。
けれど、歩き始めると、ふたりの間に新しい風が流れ込んでくる。

道端の菜の花が、陽に照らされて揺れている。
鳥の声が、以前よりはっきりと聞こえる。
娘が巣立ったことで空いた空間に、自然の音がそっと入り込んでくるようだった。
「茨城は、今ごろどうなんだろうな」
と、私がつぶやく。
「きっと、あの子らしくやってるよ」
妻は微笑む。
その声には、寂しさと誇らしさが同居していた。
ふたりは歩きながら、季節の移ろいに気づくようになった。
桜のつぼみのふくらみ、川面に映る空の色、風の匂い。
今更気づく鰻屋から出てくる創造膨らむ煙の匂い。
娘がいた頃は気づかなかった小さな変化が、今は心に染みる。
喪失感は、まだそこにある。
けれど、それだけではない。
「ほら、あの木、去年より葉が多いね」
「ほんとだ。気づかなかったな」
そんな会話が、ふたりの歩幅をゆっくりと揃えていく。
娘の幸せを願う気持ちは変わらない。
その願いを胸に抱きながら、夫婦は新しい日々を歩き始めていた。
自然の中で見つけた小さな発見が、空いた心の隙間を少しずつ埋めていく。
まるで、春の光が冬の影を溶かすように。






